百花の王
ボタン
画像提供:スーベローザ |
科名:ボタン科学名:Paeonia suffruticosa別名:フウキソウ(富貴草)原産地:中国樹高:30cm-2m開花期:4月~6月栽培難易度:
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ボタンとは
あでやかで巨大な花を咲かせ、中国や日本で古くから愛されている花木です。
ひと言で「ボタン」と言っても、言葉では実態の掴みにくい植物です。分類上、狭い意味でボタンというと、ボタン属の中の「パエオニア・スッフルティコサ」と呼ばれる特定の種を指します。パエオニアはボタン属の学名で、ボタン属の何らかの種をはじめて薬として用いたとされる、パエオンの名前にちなむ、とされます。
園芸では中国に分布するボタン属の落葉低木の野生種を、色々掛け合わせた園芸品種の総称を「ボタン」と解釈するのが、実態として一番近いと思います。
ボタンとシャクヤク
ボタン属にはシャクヤクも知られていますが、ボタンが「木」であるのに対してシャクヤクは「草」として扱われます。細かく言うと、ボタンは冬に葉っぱは落ちるものの茎は枯れず残り、表面は木のようなざらざらした質感になります。シャクヤクは冬になると茎も葉っぱも枯れて、根と芽の部分だけ残ります。
分類上、ボタン属はボタン節とシャクヤク節の2つに分ける説があります。この説を採ると、それぞれに分類されるのがすなわちボタンであり、シャクヤクであるとも言えます。
野生種
ボタンの元となった野生種(原種)は分類の仕方で相違がありますが、5種程度とされます。ただ、どのような経緯で生まれたのか、園芸品種にはルーツのわからないものも多く、正確な原種の数は把握しにくいようです。現在のボタンの元となったとされる、主な野生種を見ていきましょう。
スッフルティコサとその変種
スッフルティコサ〔P. suffruticosa〕(別名:ボタン…牡丹)
漢名「牡丹(ムータン)」、狭い意味でボタンというと本種を指します。樹高1.5m~2m、花の大きさは15cm前後、色は白、ピンク、紅、紫などで、一重咲きの他、八重咲きもあります。主な開花期は5月頃で、根(根皮)が薬として用いられます
スポンタネア〔var. spontanea = P. jishanensis〕(別名:ワイボタン…矮牡丹)
葉っぱの形や姿などで、スッフルティコサとは区別されます。中国ボタンの中でも高さの低い園芸品種の親となっていると考えられています。
ヒベルニフローラ〔var. hiberniflora〕(別名:カンボタン…寒牡丹)
日本ボタンの春咲き種の中から生まれた晩秋~冬に咲くグループです。正確には野生種ではありませんが、重要な種なのでここで紹介しておきます。
パパーベラケア〔var. papaveracea = P. rockii〕
花は白色で、花びらの付け根が紫色になります。
その他の野生種
ルテア〔P. lutea〕(別名:キボタン…黄牡丹)
鮮やかな黄色で、花首が垂れて下向きに咲きます。フランスボタンの親の1つです。
ドラヴェイ〔P. delavayi〕(別名:シボタン…紫牡丹)
暗紅色で、アメリカボタンの紅色種の親です。
スツェチュアニカ〔P. szebhuanica〕(別名:シセンボタン…四川牡丹)
紅色の花を咲かせます
ポタニニー〔P. potaninii〕(別名:キョウヨウボタン…狭葉牡丹)
葉の幅が狭い。花色は白か赤で、大きさは5cm前後です。
園芸品種の分類
色々な野生種が組み合わさってできたのが園芸品種ですが、ボタンは元となった種が明確にわからない品種も多いです。ですから、「この野生種をルーツにもつ品種」といった遺伝的に系統立てた分類ができません。
じゃあどうするのかというと、「育種地」「開花時期」「花」などの違いにより分類しています。ただし、中国ボタンと日本ボタンでは分類の仕方や呼び名が違ったりして、確固とした統一規格のようなものはないように思います。
育種地による違い
育成や品種改良された土地によって、中国ボタン、日本ボタン、西洋ボタンに分けられます。日本ボタンは更に関西(上方)ボタン、新潟ボタン、島根ボタンなどに、西洋ボタンはフランスボタンやアメリカボタンなどに細かく分けられます。
開花時期による違い
花の咲く時期による分類です。冬咲き、早咲き、春咲き、遅咲きなどに分かれます。
花による違い
花びらの枚数や咲いたときの形、大きさ、色などによる分類です。例えば日本ボタンの場合、花びらは枚数の少ない方から、一重(単弁)、八重、千重、万重と分類されます。花形には平咲き、抱え咲き、盛り上げ咲き、獅子咲きがあります。
栽培の歴史
中国
ボタンの栽培がはじまったのは中国です。古代中国では、根を薬草として利用していたと言われています。花を観賞するようになったのは5世紀頃の南北朝時代とされ、庭に植えられたボタンが書物に描かれているのが、最初とされます。唐の時代にブームが起こり、北宋時代には広く植えられるようになりました。時代が進むにつれ様々な品種が生まれて、接ぎ木などの栽培技術の確立、栽培の中心地も点々と移り、現在はおよそ500品種があるとされます。
日本
日本には薬用として奈良時代に入ってきたのが最初ではないかと言われています。「枕草子」「蜻蛉日記」などにボタンの花が描かれているところから、平安時代には花を観賞していたと思われます。鎌倉時代からお寺や庭園に植えられていたようです。本格的に栽培されてたくさんの品種ができたのは江戸時代に入ってからです。明治時代には大阪の池田が栽培の中心となり、中国ボタンも取り入れられて、更に発展しました。新潟や島根でも古くから栽培されており、優れた品種がいくつも生まれました。現在は島根県の大根島が一大生産地として、知られています。
その他
20世紀に入ると欧米でも育種がはじまります。新たに発見された野生種なども育種に利用されるようになります。フランスでは今までになかった鮮やかな黄色のボタンが作られ、アメリカでは花色豊富で強健な品種群が作出されました。
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